清水純子の東北を忘れないで

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updated 2019-06-16
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東北を忘れないで

2011年3月11日午後2時46分頃、マグニチュード9.0 観測史上最大の巨大地震が発生!犠牲者、1万8517人(河北新聞)

 地震と津波により福島第一原子力発電所事故が発生し、10万人を超える被災者が屋内退避や警戒区域外への避難を余儀なくされた。警戒区域外でも、放射性物質漏れによる汚染が起きている。
原子力発電の安心神話が崩壊しました。

 私たちは、決して忘れられない教訓としなければならない。いつ何が起こるかわからない地震国日本だからこそ!

私が見てきた東北の姿です。 順次報告します(終わりのページは、2016年11月福島まなびの旅

福島まなびの旅 Ⅱ

※ 2016年11月19日(土)~21日(月)
※ いわき市~富岡町~浪江町~南相馬市~飯舘村

※ 2014年4月に、福島まなびの旅 で二本松市や富岡町に行きました。今回、富岡町は駅周辺がさら地になって行き場のない、フレコンバックが至るところに山積みになっていました。

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高台から見るJR富岡駅周辺

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富岡町の夜ノ森桜並木…帰還困難区域

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満開の桜の下で…2010年春までは

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2011年3月11日後、花は咲けども、愛でる人は居ない

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浪江町役場内の線量計機。震災当時の人口は、約214,000人

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帰還困難区域に入るには、事前申請が要る

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バスの中で一人ひとり確認中

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駅前から真っ直ぐ伸びる道路には、人の気配はない

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町役場や駅周辺は、2018年3月に避難指示解除の予定ですが…戻らないと決めている人は48%

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NPO法人「いわき放射能市民測定室たらちね」

※ 「たらちね」は2011年11月、いわき市の母親が中心になって立ち上げたNPO法人です。はじめの2年間は食品の放射線検査やホールボディカウンターによる内部被曝検査などをしてきたが、「甲状腺検査をしてほしい」の声に応え、診療所開設の認可を得て、超音波検査機を購入。監査を担当してくれる医師を探して、2013年3月から甲状腺検査を開始。
※ 2015年4月からはβ線測定核種(ストロンチウム90、トリチウム等)の測定を開始し、さらには海洋調査を始めるなど、幅広く活動されています。

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土曜日で休みの日でしたが、鈴木薫事務局長から説明して頂きました

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甲状腺検査は、子どもが多いので本や玩具が用意してありました

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診察室です

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甲状腺検診は、予約制になっています

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土壌や食品の検査待ちです

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一般社団法人「えこえね南相馬研究機構」
※ 震災後南相馬市は「原発に依存しないまち」「災害に強いまち」[地球環境への貢献」を柱とする復興計画を策定。
※ それを受けて市民の立場で、再生可能エネルギーによる地域づくりをめざして、学習・啓蒙、実践事業を行いながら復興促進をめざしています。

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ハウスの屋根にも設置。かぼちゃ・大豆・アスパラ・春菊・みょうがなどが適している、と高橋さんから説明を受ける(左の方です)

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日本で最も美しい村 飯舘村…2011年3月11日午後2時46分以前までは

※2011年1月1日 人口:6,152人
※震災から避難してくる人々を村中で支援した。原発事故の影響は全く知らされずに。結果は全村民避難者に…事故後、風向きが変わりその上、雨が降った。その雨には放射性物質が含まれていたのです。雨さえ降らなければ、風さえ吹かなければこんなことにならなかった!まさか!!
※大半が3世帯同居、その家々はカーテンで閉じられたまま、人の気配はなかった。

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飯舘村役場

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役場内 職員の数も少なく

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除染された土は、長年手塩にかけた命を育む土!

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フレコンバッグが大地を覆っていく

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カーテンが閉じられたまま

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生活をしておられた方々をおもうと辛くなります。

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ここから先は入れません。監視人が待機しています。

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説明をしてくださるのは、飯舘ふぁーむの伊藤延由さん

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ピッーピッ!と鳴り響く線量計

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福島の人たちが抱える課題は、国民全体の課題では?

福島 まなびの旅
2014年4月18日~21日
2泊3日福島の一部を紹介しますが、警戒区域の富岡町では線量計がピーピー、ガーガ―鳴りっぱなしでした。

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富岡駅跡

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放射能汚染警戒区域の富岡町は、 震災直後そのままの状態です

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津波でめちゃめちゃに破壊された駅の 向こう側に、穏やかな海が見えました

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言葉もなくただ茫然と

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駅前には商店が立ち並んでいたことでしょう

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チェリノブイリとは同じではない放射能汚染の影響は、 果てしなく続く

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ダムを見おろす駐車場に置かれているごみ袋

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人の気配も感じられない道路際の畑にも

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日本基督教団若松栄町教会 (会津放射能情報センター)を 拠点に活動しておられます

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空間線量や食べ物の線量を測定し、その数値を 収集し発信。代表の片岡輝美さん

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避難してきた人、地元の人、悩みを持つ人たちが 語り合いう「しゃべりの場」を運営

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浄土真宗大谷派真行寺と境内にある幼稚園を拠点に、 子どもの命を守る活動が展開中

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住職自ら除染作業に追われる日々…

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家の中でも子どもの部屋が一番セシウムが高かった。 今は台所が食事も寝室にも

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実家へ帰る新幹線車中で、「子ども3人連れで 大変ですね。どちらから…」と聞かれ福島から 北九州へと答えたら、その人はすぅーと居なくなった… 福島と聞いただけで多くの人が、 差別を受けたそうです

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全国から送られてくる野菜や米、「るりめし」は、 セシウムゼロの園児食

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丁度市場の日で、毎月10日、20日に青空市場が開かれ、地域の人に配られている。

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    大牟田の青空市場支援は、20日に間に合うように「オクルンジャー」が毎月送っている。

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帰路、仙台空港へ向う途中で休憩したパーキングエリア。何事もなかったかのように咲き誇る満開の桜。被災地の皆さんが普通の生活にもどり、桜を愛でる日が一日も早いことを願わずにはいられません。3・11を決して忘れてはなりません

2014年6月 仙台市で開催された、ラウンドテーブル

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3回目の陸前高田市 復興のメドは4年後
かさ上げ地区に、公共施設や商店の計画が進められている

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中央省庁から派遣されている久保田副町長と堂本暁子さん、国連からやハワイ大学環境学専門家

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白砂青松の海岸(上部の写真)が、一変した3・11

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防潮堤の工事は、延々と

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漁師が海の様子が見られなくなる防潮堤

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屋上に、海水がここまできた、との看板あり

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消防車

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消防署

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消防署


2013年8月再びの陸前高田市

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住宅より先に、防潮堤の工事が

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仮設の食堂や商店

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ボランティアの皆さんによる清掃中

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2013年6月 大船渡市多目的ホームへ

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誰でも、いつでも ここで笑顔になれる
堂本暁子前千葉県知事、ハワイ大学の教師の皆さんと

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「みんなの家」スタッフの皆さん

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資金づくりのため、小物作りをする

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スタッフの手でつくりだされた手さげ類

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2012年8月大槌町

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正面に白い鉄骨が建っている向こう側は、海。手前はJR大槌町駅ホームで草が生い茂っているところは、線路でした。 津波はホームや線路を越えて大槌町役場へ(次の写真)

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大槌町役場。町長さんをはじめ、部課長さんが犠牲になりました。

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3月11日は、快晴でテーブルや椅子を並べて、この広場で会議中だったそうです。

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ひょっこりひょうたん島で、有名な小さな小さな島です

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全国から壁には“激” が貼られていました

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新大槌町役場

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消防車は仮設テント

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大槌市役所内

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車中から見た、仮設住宅です

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車中から

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移動中の車中から

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仮設ホームへ

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皆さんと懇談を…離れ離れの家族と一緒に生活ができるのはいつ?

2012年7月宮城県多賀城市役所

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海岸沿いは、全滅に

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がれきの中間処理施設

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土砂は埋め立てる

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分別処理

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同一行程作業を敷地内3箇所で行い、処理能力をアップしている

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木くずは、塩分を洗浄する

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洗浄された木くずの山

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木くずをチップ化

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木くずを梱包

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燃料として四国へ

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宮城県仙台市役所

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市役所内のロビーには、全国から激が!

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2011年10月27日
岩手県遠野市、民話のふるさとで「地方自治経営学会」開催。
学長は、元鳥取県知事・前総務大臣の片山善博さん。
翌日、被災地、陸前高田市

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陸前高田市役所

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呆然!言葉がでません

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全て市役所内です

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朝倉市杷木町から送られた、ひまわりの種が育ちました

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上段の写真は、被災前の陸前高田市役所。下段は被災後

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無残な姿になったスーパーマーケット

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その裏側、倒れているのは照明塔。その向こう側は、辛うじて立っているホテル

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県立陸前高田高校

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消防車

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消防署

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消防署

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